海のトリトン

作品解説

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テレビアニメ「海のトリトン」

手塚治虫「青いトリトン」(現在は「海の〜」に改題)を原作に企画された作品だが、内容は原作を大きく離れ、キャラクター、物語とも、ほぼオリジナルなものになっている。

アトランティス人トリトン族の末裔であるトリトンが、海の支配を狙う(と語られている)ポセイドン族と戦いながら、同じトリトン族の少女ピピや、乳母役のイルカのルカーらとともに、海の旅を続けるという物語。1話完結でない大河ドラマ的なストーリー展開と、最終回の悲劇的な結末が年長のファンをうならせた。70年代テレビアニメの名作である。
のちに「機動戦士ガンダム」をヒットさせる富野喜幸の初監督作品で、富野アニメのエッセンス--旅する仲間たち、善悪の相対化、リアルな心理描写、味方側のキャラが容赦なく死んでいく、など-- がすでに見られる。
また、「宇宙戦艦ヤマト」のプロデューサー西崎義展のテレビアニメ初プロデュース作品でもあり、「旅」をテーマにしたシリーズ構成や、音楽面でのぜいたくさなど、「ヤマト」と共通する要素も多い。

当時13歳だった塩屋翼演じる主人公・トリトンに多くの女性ファンがつき、アニメキャラ・声優ファンのはしりとなった。また、テレビアニメのファンクラブが作られたのも「トリトン」がはじめてと言われている。


作品データ

放映データ:

1972年04月01日〜1972年09月30日
朝日放送系 毎週土曜日19:00〜19:30
1回30分連続・全27話

スタッフ:

原作: 手塚治虫
プロデューサー: 西崎義展
制作担当、プロデューサー: 黒川慶三郎
制作担当: 鈴木紀男
脚本: 松岡清治、辻真先、宮田雪、松元力、斧谷稔
演出(監督): 富野喜幸
作画監督: 羽根章悦
美術監督: 伊藤主計、牧野光成
音楽: 鈴木宏昌 蛙プロダクション
音響監督: 浦上靖夫
音楽担当: 松原武俊
制作協力: 朝日フィルム
制作: 朝日放送、アニメーションスタッフルーム

キャスト:

トリトン(塩屋翼)、ピピ(広川あけみ)、ルカー(北浜晴子)、イル(大竹宏)、カル(肝付兼太)、フィン(杉山佳寿子)、一平(八奈見乗児)、トリトンの父(野田圭一)、トリトンの母(沢田敏子)、ポセイドン、ナレーター(北川国彦)、ヘプタポーダ(中西妙子)

放映リスト:

「海のトリトン」放映リスト


「トリトン」のバックステージ

本来「青いトリトン」は虫プロで製作するはずだった企画で、手塚治虫のキャラクターでパイロットフィルムまで作られていた。しかし、当時、虫プロは無理な長編アニメの製作で疲弊しており、テレビアニメ・シリーズを製作する力がなくなってきていた。
アニメーション・スタッフ・ルームは虫プロ商事のメンバーが中心になって設立されたプロダクション。しかし、「青いトリトン」を持っていかれたということで、虫プロとは仲がよくなく、「トリトン」の製作には虫プロ関係のアニメータは使えない、という暗黙の了解があった。
そのため、「トリトン」のフィルムには虫プロ色はない。プロデューサー・黒川慶三郎は東京ムービー出身、監督・富野喜幸は、すでに虫プロを退社していてフリーの演出家・コンテマンとして活躍していたし、キャラクターデザイン・作画監督の羽根章悦も東映系のアニメータである。

「トリトン」の制作が決まったのは放映開始ぎりぎりのことだった。スタッフは本編を間に合わせるのに精いっぱいで、オープニングフィルムを作る余裕がなかった。そのため、最初の6話までは、海の中の映像と歌手の歌う実写映像を合成してオープニングとして流している。曲は、現在よく知られる主題歌「Go!Go!トリトン(のちに「海のトリトン」と改題)」ではなく、須藤リカとかぐや姫が歌う「海のトリトン」という歌だった。

「トリトン」の企画書には、「人気があれば52話にストーリーを延長できるよう考慮しておく」という意味のことが書かれており、2クールで契約して、人気があれば4クールに、という、よくあるプランニングがされていたようである。実際には、放映延長するほどの人気はでず、全27話で終了した。これは打ち切りというよりも、予定通り終了したととるのが正しいだろう。

「トリトン」制作終了後、アニメーションスタッフルームは改組してスタッフルームと名を変える。したがって、「トリトン」がアニメーションスタッフルームの唯一のテレビアニメ作品ということになる。


「トリトン」を作った人たち

プロデューサーの西崎義展は、「トリトン」がアニメーション初プロデュース作品。「トリトン」のあと宮川泰(音楽)と組んだ「ワンサくん」でミュージカル・アニメを試み、続いて「宇宙戦艦ヤマト」を製作。当時は低視聴率に苦しんだが、'77年に映画化されて大ヒットし、アニメ界のみならず一般メディアでも一躍脚光を浴びる。しかし、「ヤマト」以後はヒット作がなく、「ヤマト」の続編ばかりを繰り返し作り続けることになる。

総監督・富野喜幸(現・由悠季)は、虫プロ出身の演出家で、「トリトン」が初監督作品。「勇者ライディーン」「無敵超人ザンボット3」などを経て、「機動戦士ガンダム」を監督。「ヤマト」と同じく低視聴率に苦しんだが、映画化されて大ヒット作となった。「アルプスの少女ハイジ」「ペリーヌ物語」などの名作アニメの名コンテマンとしても有名。
現在残っているフィルムでは「トリトン」の各話演出は富野喜幸名義になっているが、実際は富野氏は総監督で、各話のディレクターは別にいた。しかし、当時のスタッフデータが残っていないため、誰が担当したかは不明である。

キャラクターデザイン・作画監督の羽根章悦は、「タイガーマスク」などに参加した東映動画出身のアニメーター。'71年フリーになり「アタックNo.1」に参加。そこで東京ムービーのプロデューサーだった黒川慶三郎と知り合って、黒川が移籍したアニメーション・スタッフ・ルーム制作の「トリトン」を手がけることになる。羽根章悦キャラクターは、劇画タッチと手塚マンガの丸みが絶妙にブレンドされたもので、それまでのアニメキャラにない魅力を持っていた。「トリトン」の後「マジンガーZ」のキャラクターデザイン・作画監督を担当する。

美術の伊藤主計は自然描写に力を発揮する人で、ダイナミックな海の描写で物語にリアルな質感を与えた。のちに「フランダースの犬」「くまの子ジャっキー」「りすのバナー」などの名作アニメを手がける。特に「くまの子ジャッキー」のアメリカ自然絵画を見るようなすばらしい美術が忘れがたい。

音響監督・浦上靖夫は、フィルム製作に手いっぱいで録音に立ち会えない富野監督の代わりに、「トリトン」の音入れ(アフレコ、ダビング)を取り仕切った。のちに「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「あらいぐまラスカル」「ペリーヌ物語」「赤毛のアン」等の世界名作劇場の録音監督を務める。その後「伝説巨神イデオン」「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」「機甲界ガリアン」などのサンライズのリアルロボットアニメを担当する。


「トリトン」とテレビアニメ・ファン

「海のトリトン」という作品は、日本のアニメファン文化に多大な影響を残した作品である。
「テレビまんが」の視聴対象であった幼児・小学生らでなく、高校生や大学生のファンがつき、「テレビアニメで最初のファンクラブが作られた作品」と言われている。

トリトンの声は、「少年の声は大人の女優がアテる」という当時の常識を覆し、当時13歳(トリトンと同じ)の塩屋翼がアテた。これが大成功で、ロマンチックな設定と悲劇的なストーリーの魅力もあって、熱狂的な女性ファンを多数作ることになる。
そうした熱心なファンたちが、放映終了後も「トリトン」を語ることをやめられず、ファンクラブを作りはじめた。当時はアニメ雑誌などなく、ファンクラブを作るきっかけも「SFマガジン」の投稿欄に載ったファンの投稿だった(これだけでも年齢層の高さがうかがえる)。
トリトン・ファンクラブは支部を含めると日本各地に作られた。ファンクラブは、キャラクター表や放映リスト、スタッフリスト、セル画、オリジナル小説・コミックなどを掲載したファンジン(ファン同士で作る同人誌)を発行し、それらのファンジンを交換したり投稿しあったり、または上映会を開催したりして、ファン同士の交流を広めていった。
アニメ・キャラクターのイラストを描いたり、サイドストーリーを作ったりする楽しみ方も、ここから始まった。当時のファンクラブのいくつかは現在でも活動している。

ファンの手作りで作品リスト、スタッフリストが作られ始めたのもこの頃から。単なるキャラクター・ファンではなく、映画研究と同じように、「スタッフの名前で作品を見る」という鑑賞の仕方をするファンが現われはじめたのである。

その後、「科学忍者隊ガッチャマン('72-74)」を経て、「宇宙戦艦ヤマト('74)」で青年アニメファンの活動は頂点に達する。のちに「ヤマト」が映画化され、その人気を後押しに「アニメージュ」などのアニメ誌が多数創刊されて、テレビアニメーションは急速に市民権を得ていく。そのさきがけとなった作品が「海のトリトン」である。
トリトン・ファンクラブの出身で、そのままテレビアニメ業界に入ってしまったファンも多い。


「トリトン」〜「ヤマト」〜「ガンダム」

「トリトン」のメインスタッフ、富野監督、西崎プロデューサーは、それぞれ、のちに「機動戦士ガンダム('79)」「宇宙戦艦ヤマト('74)」を作ることになる。この2つの作品に共通するモチーフ=旅が、「トリトン」でも物語の骨格となっている。
また、1話完結でない大河ドラマ的なストーリー構成、単純な敵味方の図式にはまらない人物描写、敵を倒してめでたしめでたしに終わらない物語など、共通する点が多い。「トリトン」が「ヤマト」「ガンダム」のルーツと言われるゆえんである。

もうひとつ、「トリトン」「ヤマト」「ガンダム」に共通することは、「音楽へのこだわり」である。プロデューサー、監督が、劇伴音楽にも質の高い音楽を要求した結果、「ドラマを想起すると音楽が鳴り響く」ようなみごとな音楽が作られた。「トリトン」の放送終了後、ファンの間でひそかにダビング用のBGMテープのコピーが流通していたというウワサもあり、「トリトン」は、ファンが作品を離れて劇伴音楽だけを聴きたいと望んだ最初のテレビアニメでもあった。


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