『ボタニカル・ライフ −植物生活−』 いとうせいこう 紀伊国屋書店 |
その職場で水やり担当だった私は、茎が伸びに伸びたシンゴニウムをなんとかしたいと思い始めた。 大きいもの小さいもの。いくつかある観葉植物の鉢は、離婚をしたある課員の家にあったのを引き取ったものだった。自由と包容力にあふれた職場ではあったが、書類棚からわらわらと葉の垂れ下がる様子は、いかにも締まりのない印象を与える。小さな鉢いっぱいに繁茂するシンゴニウムのためにも、早急な処置が必要と思われた。
伸びすぎた余分な枝を切り落とし、使えそうな部分は差し芽をする。新しい鉢と土を買ってきて、就業時間中に株分け作業をおこなった。カッターで茎を切って土に差すだけという、シンプルかつアバウトなやり方でどんなものかと思ったが、一週間後、株はしっかりと根を生やし、新たな葉を芽ばえさせた。植物を育てる才能があるのかもとうぬぼれたほどだ。実際そんなふうに思いこんだ人もいるようで、気の弱い課長は、格好の話題とばかりに私に鉢植えの名前を尋ねてきた。後々私は二十ちかく鉢を増やした。 仏像を人間扱いするのはみうらじゅんさんの得意技だが、友人であるいとうさんは、鉢植えのアマリリスと「結婚したい」とさえ思う。
増やしたシンゴニウムの一鉢を退職のときもらってきた。もう六年になるが、今も私の実家で盛んに葉を伸ばしている。子供が生まれてからは家の中に鉢を置くことはなかったが、あの鉢から、また新しい命を増やして家に迎え入れようかと思っている。 (2000.5.16)
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