猿岩石外伝 室井滋のトルコ大追跡!
原文作成:吉田君
📍 トルコ(アンカラ→アンタルヤ→ボドルム→ヤロバ)
「何か送ります!?」 6月28日の放送である女優が発した軽はずみな一言。ここからすべてが始まった。 アカデミー賞女優が初めてのヒッチハイク。トラックの荷台でヤギ3頭と相乗り・さらに大粒の雨とヒョウ。そして初めての野宿。所持金ゼロ・2日間飲まず食わず・トルコ風呂でのアルバイト。果たして猿岩石に逢うことができるのか!?
トルコ出発1週間前
救援物資には何を? ドラマの収録の合間を縫って、猿岩石の両親に電話する室井さん。森脇の母・森脇みどりさんと有吉の母・有吉きみさんにお袋の味を聞きました。
森脇の好物:お好み焼き(うどん入り)ソースは「おたふくソース」 有吉の好物:チャーハン(ご飯は固め)
トルコ出発当日
その荷物、何が入ってるの? 大きな荷物を背負って収録に登場した室井さん。
その中身:
- 調理器具一式
- 新潟産コシヒカリ
- 森脇の好物・お好み焼き用の品々(うどん、小麦粉、おたふくソース、油)
- 有吉の家族からの救援物資(柿の種・ビーフジャーキーなど「食べる物のないときかみしめる」の手紙つき、両親からの手紙、母親からのお守り)
- 森脇の家族両親からの救援物資(妹からの手作りマスコット人形「病気しないように」と)
救援物資の総重量20kg。
スタッフから「マネージャーなし」を言い渡され、持ち金全額没収されてしまいました。そして用意されたのが「旅費決定ダーツ・ゲーム」。投げるのは1投のみで、¥500から¥1,000,000まで矢のあたったところの金額が旅費となります。¥1,000,000の札束を見てがぜんやる気の室井さん。やる気とは裏腹の腰の引けたフォームから放たれた矢は、奇跡的にも的に刺さりました。
のし袋を早速開けてお札を取り出すと、
折った紙を中に入れて、袋に厚みを持たせていたのです。しかしこの紙があとで役に立つことになるとは、この時点では誰も知りませんでした。 スタッフから手渡された猿岩石追跡アイテム:
- トルコの地図
- メッセージボード(猿岩石の顔写真つき。メッセージは「この人を知りませんか?この人を探してます」のトルコ語)
- 電波少年のホームページアドレス(http://www.ntv.co.jp)とインターネットサービス一式
猿岩石はイランからトルコの首都・アンカラに入ったとの情報を受け、アカデミー賞女優もアンカラへ向けて、旅立ちました。
トルコ入国 アンカラ国際空港に着いたときには夜10時。全財産¥5,000を両替してすさまじい額面(約3,850,000トルコリラ?)に驚いたあと、アンカラ市内へのバスはもう終わってしまって、タクシーしかないと聞かされました。ホテルに泊まろうとした室井さんは、そこらの人たちに尋ねました。
いかがわしそうなホテル街、ウルス(ULUS)地区に到着すると、
このタクシー代に早くも¥2,000を使い、残り¥3,000。ホテルを値切りながら歩き回り、3軒目で決定しました。宿泊料は1件目の700,000トルコリラ(約¥900)から400,000トルコリラ(約¥520)に。これで現在の所持金は約¥2,500になりました。
チップはガム1枚です。寝るまでの間、ホテル周辺を捜索しました。
この日は収穫ゼロ。
追跡2日目
アンカラ市内 まずは、猿岩石が野宿していそうな公園の捜索からスタート。しかし、
最初に目に留まったのはパン屋のクロワッサン?でした。20万トルコリラ(約¥40)でそれを、マイルドセブン?1箱でジュースを手に入れました。公園に行く道すがら聞き込みをしましたが、手がかりなし。その公園に行く道を警官に尋ねました。
そこでパトカーに乗せていってくれるよう頼みましたが、
歩いていくために道を教えてもらうと、
ウルス(ULUS)からCEMRE PARKLまでは約8kmの道のり。2時間かかって到着しました。ここで早速聞き込み&捜索開始。しかし、手応えはありません。
公園をあとにしながら、何か思いついたようです。
捜索ポイントを変更し、インターネットに接続できるパソコンショップや日本の企業などを捜すことになりました。やはり見あたらないので、交番で質問です。
約12kmの道のりをかれこれ4時間かかって、へとへとになりながらもショッピングセンター内のパソコンショップに到着。
何と!この女性は日本語ができるのです!
彼女、なかなか日本語は達者なようです。発音も違和感ありません。彼女の通訳で、インターネットへの接続を頼んでもらいますが、
ところが、彼女のご主人は日本人で、ホテルに泊まっているのだそうです。インターネットの件について電話で聞いてくれました。
返事はOK!
彼女のご主人は、くさび形文字の研究者。学会のためトルコのホテルに滞在しているというわけです。すぐにホームページを見せてもらいました。
すると、コーラを勧められて、
目をまんまるに、なおかつウルウルさせながらダイエットコーク350mlをがぶがぶと飲んで、
そうこうするうちに、ホームページにもつながったようです。
爆笑する室井さん。アンカラには一泊もせずにアンタルヤへ向かっていたのでした。
そこで、長距離トラックをヒッチハイクすることにしました。ご主人に「アンタルヤに行きたい」「お金がない」というメモを書いてもらい、トラックターミナルへと向かいました。しかし、人々はバス乗り場を紹介してくれるばかり。バスでは¥2,000もかかります。めげずにあたっていくと、乗せてくれそうなトラックがありました。
室井さん、朝食での物々交換を思い出して再びたばこの箱を出しましたが、それといっしょにお札も1枚持って行かれてしまいました。ところがそのトラックには先客がいたのです。
先客は3匹のヤギさん。笑い泣きしながら人々に手を振って、アンカラを出発です。アンカラから南西に約400km進んだアンタルヤ目指して、荷台の上での長旅が始まりました。
荷台で最初の地獄を見る まずは女優室井滋、帽子と頭の間にタオルを挟み、日焼けを気にする余裕を見せます。
と、その時、
ヤギさんです。言っても聞くはずがありません。今度はハーモニカを取り出し、揺れる荷台の上で「上を向いて歩こう」を吹き始めました。 やがて空がかき曇り、突然大粒の雨と雹が室井さんを襲い始めました。
するとヤギも鼻を出すほど。しばらくすると、
その時、今度は車がスローダウン。
車はどうにか持ち直し、走り続けてくれました。急激に冷えてきました。
着てるんじゃありません。はいてるんです、トレーナーを。車に乗って4時間、日が傾き始めた頃には、疲れて寝ていました。すると、また車がスローダウン。今度は、
完全に止まってしまいました。
と、車は無理矢理走り出しました。
排気ガスは真っ黒です。車はもう動かなくなってしまいました。
おっちゃんとお兄ちゃんの修理にも関わらず、車はまだ直らないようです。
アンタルヤまであと150km、ここからまたヒッチハイク開始です。
感謝の村・アフィヨン そこで思わぬ物が役に立ちました。東京でもらった¥5,000入りののし袋を広げて、
この紙に口紅でメッセージを書いていると、1台の車が止まりました。
そう言ってメッセージの続きを書こうとする室井さんに、
男性は室井さんを車に乗せました。
車はとある家の前に止まり、出てきたもう一人の人に
トルコ語の会話が理解できないままやってきたのはアフィヨン村。
あれよあれよという間に、一つの部屋に通されました。やはり泊まれるようです。
部屋に正座し、しきりに礼を言う室井さんに、おばさんはキス。
夕食までの間村を散歩していると、珍しい日本人に子供たちが集まってきました。そこで先ほど練習したハーモニカで「上を向いて歩こう」を披露しました。不協和音の連続の演奏でしたが、子供たちは盛り上がり、お礼に歌のプレゼント。
そして夕食。なにやらぶつぶつつぶやきながら、満足そうに食べる室井さん。さらに、お母さんからプレゼント(スカーフみたいなもの)までいただいて、感謝しきりで夜は更けていきました。
追跡3日目
親切なお母さんと家族に別れを告げると、昨日村へ案内してくれた男性がアンタルヤまで乗せていってくれるそうです。
アフィヨンから150km、ようやくとアンタルヤに到着しました。乗せてくれた男性と別れの挨拶のキス。
アンタルヤ・自業自得 とりあえずメッセージボードを首にぶら下げ、聞き込みを開始すると、
しかし、この強引な男性にとりあえずついていくことに。着いた先は日本語観光相談所「MiHRi」でした。
有力な情報を手に、2km歩いてマリーナの捜索を開始しました。
ここはトルコでも指折りのリゾート地で、とても1人で捜せる広さではありません。遙か彼方まで続くビーチを前に、
それでも捜索を3時間続け、
吸い込まれるようにレストランに入っていきました。そこでは今までの反動からか注文しまくりでした。
- ピラフ
- スパゲティ
- クラバ?スープ
- サラダ
- シュリンプ(時価だから怖いと言いつつ)
- ビール
- ピザ、などなど…
幸せな時間の始まりです。まずはビールをごくっとやって、
サラダをつまんで
その後も食う、食う。
さらに食後のコーヒーまで注文し、総額約2,000,000トルコリラ(約¥1,400?)!
そして残金約¥600。
店を出てからも、
後悔しながらの昼寝です。目が覚めた室井さん、一つ決心したようです。
先ほどの観光案内所に戻り、トルコ語で仕事探しのメッセージを書いてもらいました。室井さんの思いついた仕事とは、トルコ風呂。店のおっちゃんにメッセージを突きつけ、
10分、15分。ねばり強い交渉の末、
おつとめ決定!うれしさいっぱいでおっちゃんに抱きつく室井さん。しかし仕事用に着替えている最中には、
こうしてトルコ風呂マッサージ嬢が誕生しました。生まれて初めてのトルコ風呂を見せてもらうと、
仕事をマスターすべく、レッスンスタート。お客は全て男性です。仕事は韓国式アカスリのようなもので、湯気の中でやるというもの。
余裕を見せていたのもつかの間、予想以上の重労働に汗だくになってきました。疲れとは裏腹にいつしか客は増え、順番待ちまで出る始末。それでも仕事は続きます。ここでようやく一休み。
ボスのおっちゃんに水を1杯もらい、仕事再開。次の休み時間、今度は外で涼む室井さんに、おっちゃんはタオルでバサバサ扇いでくれていました。
うっとうしそうです。
この忙しさにはわけがあったのです。それは店の入り口に張られた1枚の紙でした。
「日本人女性がマッサージサービス中」
これを見て、また団体さんが入店しました。
泣き笑いです。
もう女優の影はみじんも感じられなくなった室井さんの懸命の労働は5時間続き、22人の男を洗ってようやく終了しました。
ここでうれしいことに、おっちゃんが夕食を持って登場しました。
夕食を目の当たりにして、
おっちゃんに最初の一口を食べさせてもらって、
食事のあとは、
1,000,000トルコリラでした。
さらに、
これが相当な額でした。結局給料とチップ合わせて1,900,000トルコリラ(約¥2,500)!すっかり打ち解けたおっちゃんは毛布と枕を用意してくれて、今日はここに泊まりです。
追跡4日目
アンタルヤ・すれ違い また広大なビーチでの捜索が始まりました。しかし九十九里など比べ物にならない広さ。一人の力には限界があります。すると聞き込みした相手の男性が、
ビーチの放送を使って呼びかけてくれるらしいのです。
今度は室井さんも呼びかけさせてもらいました。
これがアンタルヤのビーチにとどろいた、おそらく最初の日本語です。1時間後、猿岩石の目撃者が現れたということで、早速会いに行きました。
もうここにはいないようです。それでも二人がいたという岩場へ。
焼いてました。食ってました。
少年たちもそこから先は知らないようです。
猿岩石はもう街を出てしまったと考え、聞き込みを国道沿いに移しました。あちこち聞いて回り、ビーチ用品の露天で聞き込みをしたときのこと。
いつものように立ち去りかけたその時、店のお兄ちゃんは思いだしたように、
すると、店の客のお兄ちゃんも何か言いたげなそぶり。
ボドルムです!BODRUM! ここでボドルムへ向けてヒッチハイクをしていました。
猿岩石を追ってボドルムに向かう室井さんは、またまたあの案内所の店にお世話になることにしました。ボドルムへのヒッチハイク用のメッセージを書いてもらい、さらに頼れる情報も。
さあ、ボドルムめざし、ヒッチハイクスタート!そして、1台のトラックが止まりました。
気を取り直して50分後、今度は赤い大型トラックが路肩に入って来て、通過。
それでも運転席の方に話しかけに行くと、ドライバーはすでにいなく、背後から話しかけてきました。
彼は荷台を開けてくれました。そこで目に飛び込んできたものは、
このトラックは引っ越しを終え、ボドルムへ帰るところでした。それで荷台にはソファーやクッションがあったというわけです。
ようやくアンタルヤをあとにし、猿岩石を追跡中。と思ったら雨が落ちてきました。
前回よりは格段にたくましくなっています。でも、この試練となると話は別。
空腹に耐え、トレーナーを頭までかぶり、その上に帽子を掛けて寝ていた室井さん。ところがトラックがマーケットにさしかかると、
やおら起きあがったその形相は、まさに鬼気迫るものがありました。そこをむなしく通過していくトラック。恨めしそうにマーケットをにらむ室井さん。
空腹に耐えながら6時間、エーゲ海に面した街 ボドルムに到着しました。
ボドルム・ニアミス 到着したときにはすでに午前12時を回っていました。この時間でも街はにぎやかでした。まず教えてもらった「エミコペンション」を捜します。
オーナーのエミコさんに荷物を置かせてもらい、人通りの多そうなところを聞いて、深夜の聞き込みが始まりました。若者でいっぱいの繁華街で手がかりを得られないままでいたとき、
猿岩石はマリーナに!? ダッシュ!! 周りの人に聞きながら、どうにかマリーナに到着。すると、
二人は、この船で働いていたらしいのです。
この船で働き、一泊していたのです。
追跡5日目
ボドルム・20歳って誰? エミコペンションに泊まって、追跡5日目が始まりました。そのオーナーのエミコさんによると、国境を目指す人は、ヤロバからフェリーでイスタンブールへ行くそうです。そこでヒッチハイクでヤロバに先回りすることに。宿泊代を払って残金約¥30となり、書いてもらったメッセージボードを手にヒッチハイク開始です。朝食をとっている男性たちのところに行き、国道はどこかを聞き出すと、
1日ぶりの食事である一房のブドウを食べながらのヒッチハイク。しかし、遠くのヤロバまで行く車はなかなか現れません。ヒッチハイク開始から1時間した頃、1台の車が止まり、ドライバーが話しかけてきました。
なんだかんだいいながら、カメラにポーズを取る室井さん。
余裕で取材を楽しんでいた室井さんでしたが、実はこの記者、トルコ最大の新聞社GAZE TE EGEの記者だったのです。翌日の新聞には、1面にカラー写真付きで掲載されていました。
新聞記事(要約):お金を全部無くした大学生 シガル ムロイ(20歳)は友人2人に会いたいとヒッチハイク中
結局車には乗せてもらえず、ヒッチハイク続行。待つこと3時間、1台のワンボックスカーが思わせぶりなスローダウンの後、通過。
泣きが入ってきました。今度の車はやっと止まってくれた、と思いきや後ろのトラックにあおられて止まれず、通過。そしてようやく、本当に止まって、乗せてくれる人が現れました。もう大喜びです。
幸運にもエアコンつきの車で、一気にヤロバへ進むことができました。
ヤロバ・覚悟の夜 10時間走って到着。午前0時をすでに回っていました。
当然もう閉まっているフェリー乗り場で、明日の便の時間を確認します。イスタンブール行きのフェリーの始発は朝6:30でした。現在2:00。始発までの間、猿岩石が野宿していないか捜索です。
疲れた体で広い公園を歩き回りながら、彼らに呼びかけます。
何度も呼びかけても、返事はありませんでした。
マルマラ海の向こう側に、イスタンブールの夜景が見えていました。そして室井さんは、猿岩石が来ると信じて、フェリー乗り場で夜通し待つことに決めたのでした。体育座りをし、前にメッセージボードを掲げ、好奇の目にさらされながら夜が更けていきました。
追跡6日目
ヤロバ・ハッピーバースデイ 二人が来ないまま、始発のフェリーが出ていきます。もう道路に倒れ込んで眠っている室井さん。白髪の男性が、彼女を見つめていました。何もいわずに何かを握らせる男性。ただうなずき、それを受け取る室井さん。…もう言葉を超えた状況に入ってきました。 何時間待ったでしょうか、室井さん、一旦立ち上がったかと思ったら、ゴミ捨て場からイスを持ってきて、また待ち続けました。
町の人は寄っては来るのですが、情報をくれる人はいません。そこへ男の声が。
荷物も置いたまま、彼のあとについていきます。
連れられていった場所はフェリーの観光案内所。
何の手がかりも得られませんでした。
すでに疲れといらだちは頂点に達しようとしています。そして元の場所に戻り、それを紛らわすかのようにハーモニカを吹き始めました。いつしか日は高く昇っていました。
強い日差しをさけるため、木陰に入ってなおも待ちます。疲れがピークに達した頃、4人の少年達が彼女を遠巻きにして立っていました。やがて1人の少年が話しかけてきました。
懸命に立ち上がり、少年に連れられて海の方へ歩いていくと、
追跡6日目にして、猿岩石発見!泣き崩れながら、森脇と、有吉と、抱擁する室井さん。
木陰で一息つき、ついに救援物資を渡すときが来ました。森脇には両親からの護国神社のお守りなどを、有吉には弟からのアントニオ猪木の写真などを。そして両親からの手紙を。
有吉の母親きみさんからの手紙:
少し遅くなったけど、お誕生日おめでとう。プレゼントのない誕生日は今まで一度もなかったので、少し寂しい気がします。でもすごい体験がプレゼントされて、苦しいけれど弘行にとって忘れることのできない22才の年になりそうね。 オリンピックも100回記念の年ですごく盛り上がっていたけど、有吉家では弘行のヒッチハイクの旅がオリンピックなので、まだまだ続きます。ロンドンへ金メダル目指してがんばってね。 人間は食べることと寝ることが大切だけど、寝ることはお金が無くてもできることだから時間があれば寝るように。病気とけがには注意して、元気で二人で仲良く、一日でも早くロンドンへゴールできるよう祈っています。 それからお母さんのお願い聞いてくれますか?髪の色は金・銀どれでもいいけれど、もみあげとヒゲはそって欲しいわ。 お母さん
森脇の母親みどりさんからの手紙:
お母さん達は、想像もつかない本当に大変なチャレンジ。でも、和成なら必ずロンドンまでゴールインするでしょう。つらいときは、広島時代を思い出してがんばれ。9才の時の不明熱、髄膜炎、40日の入院生活。中学時代は勉強よりも野球クラブ、県大会に行きましたね。 お父さん、お母さん、みゆき、友人、誰も何もしてあげられないけど、毎日、応援を送っています。これからも、厳しく、つらい旅が続くでしょうが、体に十分気をつけて、がんばってください。 お母さんより
ずうっと泣きながら手紙の朗読を聞いていた室井さん。
先ほどまで疲れ切っていたはずですが、近くの喫茶店に駆け込んで携帯用のガスコンロ2つを借りてきました。
そこで室井さんが取り出したのは、
この旅の最中、猿岩石の二人は22才の誕生日を迎えていました。有吉は5月31日、トラックの荷台の上で。森脇は8月1日、砂漠で歩きながら。 そこで室井さんは、広島風お好み焼きの上にろうそくを立て、バースデーケーキに仕立てました。そして苦楽をともにしたハーモニカで誕生日の歌を吹き、小さなパーティの始まりです。早速お好み焼きを食べる猿岩石。
室井さんも食べて、満足そうです。
森脇の妹みゆきさんの手作りの人形や、友人達が二人に書いた寄せ書きのノートなど大切な品々を渡したあと、いよいよ出発です。猿岩石は、イスタンブールに行く船をヒッチハイクするために、このヤロバの港に来ていたのでした。
今度は船に乗っている男性に、
すると室井さんが船に乗り移り、男性になにやら握らせると、ヒッチハイク成立。
港を出ていく船に手を振る室井さん。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| トルコ総移動距離 | 約2,300km |
| 徒歩での移動距離 | 約70km |
| 出会ったトルコ人の数 | 約1,200人 |
| アルバイト収入 | 1,800,000トルコリラ(¥2,340) |
| 体を洗った男性の数 | 22人 |
2人の笑顔に出会う旅は、こうして無事に幕を閉じました。