第八章 戦う理由

 

 

 雪乃、慶、淳の三巨頭に、何故か流も加わり、ああだこうだと散々議論したが、結局よい案は出なかった。相手の弱点が解らないので、迂闊に手を出せず、どう出てくるかを待つしかない、というのもあるのだが。

 皆が息切れしたところで、雪乃がティーブレイクを提案すると、満場一致で可決された。早速クッキーなど茶菓子が並べられ、アールグレイの香りが辺りに漂う。紅茶と菓子は、刺々しくなった心を柔らかくほぐしてくれる。室内の空気も穏やかになり、皆、何となく笑顔になっていた。

「ま、どっちにしろ、詳しい情報がなきゃどうしようもないんだろうな」

 紅茶を飲み干して、立ち上がりながら、流は言った。

「改めて調べてくるよ。今度会う時は、いい情報を持って来てやるぜ」

 自信ありげな笑みを見せると、三人の返答を待たず、靴を右手にぶら下げて(窓から入って来ていたのだ)玄関へと向かう。ドアが開いて閉じる音がし、弾む様な足音はすぐに聞こえなくなった。

 残された三人は、流の行動の素早さに唖然としていたが、やがて、淳が口を開いた。ため息をつき、やや疲れた様な口調で言う。

「ったく……変なボウズだぜ」

「え、あの子女の子でしょ?」

 淳と雪乃は、互いの言葉に驚き、顔を見合わせる。よく考えると、流はかなりの美少年だが、それが美少女でないとは限らない。名前だって女でもおかしくはないだろうし、言葉遣いなんて性別を判断するあてにはならない。淳は、初対面の強烈さから、流は少年だと思い込んでいたのだが、それが全くの推測である事に気がついた。ふと雪乃は、ここに医者がいる事を思い出し、彼の見解を聞いてみた。

 医者は──慶は、ほんの少しの間、顎に手を当てて考えていたが、ひとつ頷くと結論を出した。

「多分だけどね。多分──あの子は女の子よ」

 まあ、現役の医者が言う事なのだから、自分達よりかは信用出来るだろう。ひとまず、『流は少女』という事で落ち着いた。

「女か……そうか、女だったのか」

 淳は、妙に納得して、一人で頷いている。

「あんなに性別不祥な子も初めて見たけれど……」

 苦笑しながら、慶は言う。雪乃も、ようやく横井の死を消化して、一緒に笑っていたが、表情を改めると、二人に問う。

「どうするの?」

「流に任せておくさ」

「ま、それが一番いいでしょうね」

「死ぬ時は自分の責任、って割り切ってるみたいだしな。下手な奴よりか頼りになるぜ、きっと」

 そうね、と慶は頷く。雪乃も、やや安心した様に微笑んだ。

「多分、俺のところに連絡がくると思う。そん時、また改めて集まろう」

 二人は淳の言葉に頷き、了承すると、それぞれの生活へと戻っていった。

 ……一方、マンションを出た流は、親友の事を思い出していた。

 『流──』

 ──あいつの最後の言葉と、悲鳴が耳に残ったまま離れない。

   辿り着いた時、あいつは、もう死んでいた。

「……遥(よう)。きっと敵はとってやる」

 そう呟いた流の瞳は、鋭い光を放っていた。

 あの日、あの時──もしも、もしも間に合っていたら?

 

「遥!遥ォ、何処だ!」

 流は必死で走っていた。秋だというのに、暑さの厳しい日の事で、流は汗だくになっていた。いい加減、息も上がっているが、それでも走り続けていた。

 知り合いの情報屋に告げられた事。

『霧本遥がヘマをした』

 信じられなかった。信じたくなかった。遥が探っていた相手は、人知を超えた力を操る奴等だと聞いている。

 ──そんな連中相手に、遥がヘマをするなんて!

 遥を引きずり込んだという車を追って、気が付けば埠頭の方まで来ていた。見回すと、百メートルほど先の倉庫の影に、車が止まっている。

 ──あれだ!

 情報屋が教えてくれた、黒いリムジン。ナンバーも間違いない。流は、疲れも忘れて、全力で駆け出した。倉庫の扉に飛びつくと、思いきり左右に押し開く。ゆっくりと扉が動き、倉庫の中に光が差し込む。

 流は、視界に、霧本遥の姿を捕えた。

「遥!よかった、無事で──」

「馬鹿、来るなっ!」

 遥の言葉とほぼ同時に、流の全身を電流が貫いていた。感電死するほどキツイものではなかったが、床に倒れ込み、動く事が出来ない。

「よ……う……」

 辛うじて首を動かし、遥の姿を再び視界に認める。そこには、もう一人誰か立っていた。遥の両手を後ろ手に押さえ、首に腕をまわしている。

「ようこそ、竹内流君」

 全身黒づくめで、真っ赤なルージュをひいた女──真咲だった。嘲る様な視線を投げ付け、毒々しい雰囲気をまき散らしている。

「これは見せしめよ。死にたくなければ、君も私達には関わらない事ね」

 言うが早いか、首にまわした手を締め上げる。遥が、短い、鋭い悲鳴を上げた。鈍い音がして、遥の首があり得ない方向へと折れ曲がる。真咲が両手を離すと、遥の身体は、床に転がった。

 真咲は紅い笑みを浮かべ、右手を遥の身体の上にかざす。広げた手のひらを握り締めると、大きな手で握りつぶされた様に、遥の身体がひしゃげた。骨の砕ける音と、肉が潰れる音が響く。その光景を最後に、流の意識はブラック・アウトした。

 意識を取り戻し、立ち上がった流の目に映ったのは、血と肉と骨の混ざった物体だった。顔を判別するどころか、人間であった面影を見つける事さえ難しい。吐き気を必死で堪え、流は倉庫を飛び出した。足がもつれて転びそうになりながら、全速力で走り続けた。ふと辺りに目をやると、見慣れた公園の風景が広がっていた。無意識のうちに、一つのベンチへと足を運ぶ。

 ──あいつがいつも座ってたベンチ……。

 流は泣いていた。死んでしまった友人を思い、ただ、静かに泣いていた──。

 

「ぼーっと歩いてるんじゃねえよ!」

 流は、男の怒鳴り声で我に帰った。

 ──やれやれ。意識が完全に飛んでたな。

 ちょっと肩をすくめると、歩き出す。その足取りには、迷いはなかった。

「見てろよ、遥」

 ──必ず敵は取る……必ず!


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