第七章 彼等の正体

 

 

 約束通りきっかり三日後に、三人は慶の部屋に集まっていた。淳が来た時、慶が一人でソファに座っていた。えらく疲れた様子で、黙り込んでいる。その十分後に雪乃が来たが、彼女もかなり疲れている様子で、一言も口を聞かずにソファに身をしずめる。

「どうした、ずいぶん疲れてるな、二人とも」

「ま、色々とあってね」

 気のない口調で雪乃が言う。雪乃はあの後、横井と一緒にあちこち歩き回り、結局事件解決までつきあったのだった。最終的に、自分は全く関係していないことが解り、ホッとしたのだが──この三日間、ほとんど眠っていない。ばててしまうのも当然であった。

 慶は慶で、女を殺した後、再び発作に襲われたのに慄然とし、感情を押さえるのに必死になっていた。そのせいで、雪乃とは逆に、精神的に疲労困憊しているのだ。今も、感情を爆発させないために、無理に無表情を装っている。

「……君はずいぶん元気そうね」

 これまた気のない口調で慶が言う。言葉に含まれた微量の毒を感じたのか、淳はちらっと目をやっただけで、黙っていた。

「もちろん、奴等の事を調べていたそんなに疲れたんだよな?」

 こちらには、あからさまに皮肉が混じっていた。そうでないことを知って、わざわざこういう言い方をしたのだが……二人は大して感銘も受けなかった様子で、半ば無表情に頷く。

「大方の情報はこれだ。ほら」

 大判の封筒をテーブルに放り出すと、無言で読む様に示す。相変わらずやる気のない様子を見せて入るが、慶は黙って書類を取り出し、目を通し始めた。最初は無表情だったが、読み進むに連れて、驚愕が顔中に広がって行く。

「こんな……馬鹿な、こんな事が──」

 それ以上言わない。いや、言葉がでてこないのだろう。反応を予想していたのか、慶の手から落ちた書類を拾い上げると、淳は雪乃に手渡した。雪乃は、慶の反応に戸惑いながら、そして、幾らかの恐怖を感じながら、書類に読み始めた。

「事実だよ、全部」

 流から報告を受けた時、淳だって愕然としたものだ。極彩色の悪夢が、原色の衣装でタップダンスを踊って自分達をからかっている様に思ったのだった。

 “人造人間”──ヒューマノイド。宿主の身体から取り出した輝石を、生化学的に培養して造られたのが、あの、黒服の殺し屋達だった。輝石を核とし、人間によく似た、それでいて全く異なる亜生命体を造る技術が既に実用化されている。雪乃達でなくとも、ゾッとする様な事には違いなかった。

 書類を読み終えて、雪乃は封筒へと戻す。その顔からは、完全に色が失われていた。

「追い討ちをかけるみたいで悪いけどな、もう一つ追加だ」

 二対の視線が淳に向く。二人には、もう、無気力さはなかった。

「どうも奴等は不死身らしい。輝石を消滅させなきゃ死なないんだとさ」

「砕くだけでは駄目なの?」

 慶の言葉に、淳はゆっくりと頷く。

「輝石ってのはもともとダイヤより硬い物質らしいしな。これで熱にも強かったらお手上げだけど……そこまでは解らない」

 まさか、自分の輝石を取り出して実験する訳にもいかない。とすると、果たして、本当に彼等を倒せるのだろうか。何万度の炎に放り込んでも、表面さえ溶けないかもしれない。

 宿主は不死身でないのに、人造人間は不死身──しかも、おそらく輝石の力を十割方利用できているのだろう。宿主は普通の人間と変わらない身体なのだから、フルに力を出す事は出来ない。そんな事をしたら、反動で身体が壊れてしまう。この三人にしても、六割利用できていればいいところだ。

 輝石の持つ力が同じでも、それをどれだけ利用できるかが違えば、結果は一目瞭然である。真正面から戦えば、決して奴らにはかなわないであろう。更に、相手は一人でなく二人……どうにもマイナスの要因しか見えてこなかった。

「何を意気消沈してるんだ、お前らは」

 何となく黙り込んだ三人に、突然声がかけられた。見ると、窓枠に少年が腰掛けている。──流である。雪乃は、無言のまま立ち上がり、袖口からナイフを取り出し、投げ付けようとした。

「こら、ちょっと待て!」

 淳が慌てて雪乃を押さえる。

「落ち着けって。こいつは情報屋だよ」

 きょとんとした表情を見せると、雪乃は、淳と流を交互に見る。流が笑い、淳が頷くと、ふっと肩の力を抜いて、ソファにへたり込んでしまった。

「ごめんね、ちょっと神経過敏になってるみたい」

 大して気にした様子でもなく、流れは窓枠から飛び下りると、ソファに腰掛けた。──なかなか図々しい性格をしている様である。

「何かあったのか?」

「まぁ、あったと言えばあったな。そこの姉ちゃんに悪い知らせだ」

 一瞬、雪乃が硬い表情を見せる。何か、という形に口が開き、だが、声は出ない。

「横井って刑事が死んだよ」

 雪乃は、低く呻き、黙り込んでしまった。うつむき、顔を手で覆って動かない。慶と淳が妙な顔をすると、流が、事の経緯を説明した。

「なるほどね……しかしまぁ、よくそんなに物を知ってるな、お前も」

「物を知らない情報屋なんてただの役立たずだろうが」

「ま、それはそうだな」

 淳と慶はちょっと笑った。笑い声に身を震わせ、雪乃は、そっと顔をあげると、流に言った。

「死因は?殺されたと確定しているの?」

「警察の見解じゃ、銃で撃ち殺されたって事だけど……」

「違うのか?」

「いや、銃で撃ち殺されたんだ」

 淳はやおら流の襟をつかんで締め上げた。

「お前はッ……」

 雪乃の気持ちを考えろ、という言葉を、すんでのところで飲み込む。

「茶化すなって?笑わせるなよ。これぐらい覚悟してるんじゃないのか。知っている人間が死んだだけで落ち込むのなら、始末屋なんてやめちまえよ」

 後半の言葉は、雪乃に向けられていた。雪乃は、涙に濡れた瞳で流れを見つめる。

「今迄こんな事はなかったのか。だったら、これからたくさんあるだろうよ。一体何年この仕事をしているんだ?いい加減腹を据えやがれ!」

 怒鳴られ、びくりと身をすくめると、雪乃はこぼれた涙を拭いた。そうね、と小さく呟くと、少しだけ笑った。

「やっと笑ったな」

 そう言って微笑んだ流は、年相応の幼さを見せていた。


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