最終章 始まりの終り
その朝、流は憔悴しきった様子で帰宅した。ぼんやりとした瞳で、物言わずに自室へ戻り、ベッドへと倒れ込んだ。
そんな様子の妹を心配しながらも、秀樹は黙ってそっとしておいた。時が経ち、心の整理がついたら自分にも話してくれるのだろうと――そう知っていたからだ。流が起きてきたら、何か暖かいものを作ってやって、ゆっくり話を聞こうと、秀樹は決めていた。
――無理強いはしまい。きっと話してくれるだろうから。
あれやこれやと雑用を片づけていると、電話が鳴りだした。受話器の向こうから、いつもは元気な少女の沈んだ声が聞こえてきた。
「もしもし……里真です」
「ああ、秀樹です。どうしたの、そんな元気のない――」
「慶も……淳も……雪乃も……みんな死んでしまった」
一度、二度と里真の言葉を口の中で反復する。その意味を理解したのは30秒後のことであった。
「流は――?」
「…………あ、あぁ、帰ってる。今は寝てるけど……」
「私より先に情報をつかんだんだわ……」
そうして里真は、ぽつりぽつりと話し始めた。輝石のこと、実験のこと、慶の死んだ理由、淳を雪乃が殺したこと、雪乃は失踪してしまったこと……。
「でも、雪乃……さんはまだ生きているんじゃ――」
「いいえ、雪乃はもういない。今生きているのは、雪乃と同じ姿をした別人よ」
確かにその通りだった。マインド・コントロールによって、まったくの別人格へと変わってしまっているのだ――今までの雪乃であるはずがない。
「流、きっとショックを受けてるわ。あの三人のこと、すごく気に入っていたもの。だから気をつけてあげて」
「解った」
「それとね……わたし決めたの。雪乃達をあんなにした奴等、絶対許さない。この手で滅ぼしてやる」
言葉の端々に、まだ見ぬ敵への憎しみが感じられた。
「無茶は――」
慌てて言いかける秀樹に、里真は笑い声さえ交えながら言った。
「今はまだ早いわ。あいつらが油断して、再び動きだしたなら……その時こそ」
感情を凍らせた声で告げる。そのあまりの冷たさに、秀樹は絶句していた。
と、突然横から手が伸びてきて、受話器をひったくった。流だ。相手を誰かとも聞かず、そのまま話しだす。おそらく話を聞いていたのだろう。
「里真……俺もやる。俺にも――」
「解ってる。でも、今はまだ早い。もう少し我慢して」
同じことを繰り返し、里真は電話を切った。受話器を置き、流は赤く潤んだ瞳で秀樹を見あげた。そして決心したように口を開いたが、しかし、秀樹の方が早かった。
「よく寝られたか? 腹減ってるだろ。なんか作ってやるよ」
返事は聞かず、キッチンへと立つ。
「……ありがとう、兄貴」
「なんだよ、何か言ったか?」
野菜を洗っているので、流の言葉は水音にかき消されたのだろう、大声で秀樹は問い返す。それに答えず、流はそっと微笑んだ。安堵と信頼をこめて。
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