レイの冷静な性格は全て彼女の行動原理に結び付く。
本部へ戻る道中に潜む更なる危険を考慮し、
まずは誰かと連絡が取れるようになるのを待つ。
適格者のそばにいるはずの警護班が本部への定時報告を怠り、
何も告げずに長時間の音信不通となれば、
本部でも異常事態として認識しているはずだ。
仮に手持ちの通信機能が全て回復したとして、
直前まで通信網のコントロールは敵の手に落ちていた。
ならば、こちらからではなく“本部の信用できる誰かから”
“直接”連絡があるまでは安全が確保されたとは言えない。
そこまで考えて手の打ちようがないと気付いた彼女は、
来た道を2キロほど戻ったところにある窪地に車を停め、
息を殺して時を待つことにした。
窓をほんの少し開けてからエンジンを切り、再びレイは考えを巡らせる。
私たちの身に何が起きたのだろう。
コンビニでは3人はバラバラに行動していた。
シンジが外にいたからターゲットになったの? いや、違う。
たまたまであれば、私だったかもしれないし、アスカだったかもしれない。
シンジだったのが偶然でなく必然だったとすれば、相手は何者なのか。目的は何なのだろうか。
前回の事件との関連性はあるのだろうか。わからない。前回との違いは何?
友達同士の食事会にいた初対面の女子、長門アイさん。
記憶の相違。言い知れない不安。いや、彼女を疑っても今は何もわからない。
今回は警護がついていた。でも、みんな殺されていた。
みんな?違うわ。
目視で確認できたのは4人。 あれは私とシンジを担当している人たち。
アスカの担当は? いれば飛んでくるはず。少なくとも1人はベテランだった。
まさか、ドイツ支部?
支部がアスカを連れ戻すためにシンジを餌に使ったのだとしたら?
アスカの担当が支部と繋がっていて、他の4人を潰してから
事に及んだとしたら、辻褄が合う?
おい、あれじゃないか?
車種、色、車両番号・・・確認!
松屋さん、レイちゃんの車を確認しましたっ!
"了解しました。
引き続き周囲への警戒を怠らないようお願いします。"
慎重に周囲を固める特殊警護隊。
そのうち1人が車内をマグライトで照らし、確認する。
運転席にうずくまるレイ。
助手席と後部座席に人はいない。
周囲50メートル四方はクリアー!
状況、グリーン!
・・・車内にはレイちゃんしかいないぞ。
あくまでも予定通りだ。報告して指示を仰ごう。
当該車両確保。対象の安全を確認。
周辺状況にも異常は確認できません。
"ありがとう。
非常警戒態勢解除。
簡易メディカルチェックが終わり次第彼女にインカムを。"
レイちゃん、もう大丈夫だからね。
・・・はい。
IDを窓越しに見せながら声をかける隊長。
レイ自身がドアを開けるのを待って、その身を抱きかかえ、
部下に目で合図をする。
特殊警護隊より発令所へ。2311時、保護を完了。
これより、本部へ移送します。
"発令所了解。"
レイの冷静な性格はしかし彼女自身を苦しめることも忘れなかった。
松屋の指示で動いた増援の警護隊がレイとその車を見つけたとき、彼女は恐怖で震えていた。
ミサトは一安心するも、肝心の彼女がパニック状態で報告が要領を得ない。
"レイ、聞こえる?
シンジ君とアスカをロストしたまま既に47分が経過しているわ。
何が起きたのか状況を報告してほしいんだけど。"
・・・わかりません。
シンジが、シンジが連れ去られて、アスカも、
アスカは、シンジを追って・・・
私は・・・おいていかれてしまった。
なぜ・・・なぜなの?
声も途切れがちになる。
通信の向こうから飛ぶリツコの叱責。我に返るレイ。
30分と経たずに警護隊の車両が本部に戻ってきた。
松屋は救護室で横になる彼女から見たこと感じたことを細大漏らさず聴き取り、
ゲンドウらと対応を協議することにした。
戦術作戦部作戦局第1課 作戦会議室。
発令所に次ぐ指揮機能が与えられたこの部屋に
ゲンドウをはじめとするS級勤務者がオペレーションデスクを囲む。
まずは犠牲となった4名の冥福を祈りましょう。
セイジが胸の前で手を組むと、皆がそれに習って目を閉じる。
20秒ほどの沈黙。
黙祷にはいささか短いように感じるが、彼らには次にやるべき
最重要事案が待ち構えている。
さて、レイちゃんから聞いた話ですが、概要はお手元の資料の通りです。
友人宅から帰宅する途中、コンビニエンスストアに立ち寄ったところ、
車のそばにいたはずのシンジ君が姿を消したとのことです。
で、一も二もなく店から飛び出したというわけかね?
はい。
黒塗りのバンが急発進するのを目撃したとのことで、
アスカちゃんと店舗から出て車に駆け寄ったところ、
駐車場内に警護班員と思しき4名の男性がうつ伏せに倒れており、
現場の状況から、背後から射殺されたものと思われます。
具体的には誰が倒れていたの?
気になるのはそれだけじゃないわね。
警護担当はツーマンセルで行動させていたはずでしょ。
残りの2名はどうしたのかしら?
死亡したのはシンジ君とレイちゃんの警護担当。
現場付近を封鎖して検証作業を続けているけど、
アスカの担当は姿を消しているようだね。
コンビニの防犯カメラには何も映っていなかったんですか?
当然一部始終が映っているよ。
彼らがあのコンビニに寄ったのは偶然だから、
映像や記録に細工をする暇なんかなかったはずだ。
だけどそこからの犯人割り出しは不可能、と。
その通り。
防犯カメラのアングルってのは固定されているからね。
4人が突然倒れて・・・という有様しか記録されていない。
通信記録はどうなっていますか?
そこなんだ。
子供たちがコンビニに入ったと思われる時刻を境に
全ての通信記録が途絶えている。
バンから強力な妨害電波が発せられていたのかしらね。
続きを聞こうか。
そうですね。
レイちゃんの運転でバンを追跡。
アスカちゃんが確認したナンバープレートは・・・えっと、
99−0460です。
部屋のドアが開き、視線が集中した先に立っていたのは
救護室で寝ていたはずのレイ。
レイ!?
ダメじゃない、寝ていなくちゃ。
いえ。寝てなどいられません。
碇司令、私にも同席させてください。
無茶だ、レイちゃん。今は休んでいたほうがいい。
後でいざって時に動けなくなるぞ。
いや、待て。
ゲンドウはレイの目を見つめる。
動揺はしていない。ブレもない。
しっかりとこちらを見据えてくる。
続いて同行してきた医療スタッフに目線をやる。
うなずくスタッフ。
・・・仕方ない。いいだろう、レイ。
同席を許可する。ただし会議終了後は直ちに休息を取れ。
司令っ!
ありがとうございます。
・・・。
レイの精神状態が不安定なのは誰の目にも明らかだった。
いや、その様子を見なくとも一刻も早く休息すべきなのは常識。
それでも彼女の心情を、自分たちが置かれている状況を慮れば
司令が許可を出したことを抜きにしてもレイをこの場に参加させ、
状況を目の当たりにした彼女自身の言葉で聞くこともまた、
常識ではないかと無理やり自分を言いくるめるしかなかった。
で、その99−0460ってのは、皆さんご承知の通り、
戦略自衛隊技術研究本部所属の物、ってわけだ。
また戦自っ!?
加持!あんたこないだ戦自とは話がついたって言ったわよね?
松屋さん、何でそんな平気な顔をしていられるんですか!
あ、ああ。
確かに戦自の上層部とは話がついた。
碇、どうなんだ?
彼らが何の挨拶もなしに約束を反故にするとは思えんが。
・・・。
葛城君、落ち着いて。
ゲンドウさん、ここはレイちゃんの報告を最後まで聞きましょう。
さあ、レイちゃん。
バンを追いかけた先で見たものは何だったのか、
もう一度みんなに聞かせてくれないか?
はい。
フェンスで囲われた何かの施設に入ったバンは
黒い輸送機のそばで止まりました。
それを見たアスカが、“あれはドイツに行くから私が追う”と言って・・・。
黒い輸送機、か。
どんな形だったか覚えてる?
どんな・・・ですか?
例えばそうね、
エンジンがいくつあったとか、プロペラエンジンだったとか、
機体に何かマークがついていたとか・・・。
薄暗かったので、形はあまりよくわかりませんでした。
でも、あまり大きくなかったように思います。
アスカが、航続距離は5000kmぐらいだと言っていました。
あー、アスカは機材が何かわかってるっぽいわね。
他に何か言ってなかった?
ボディに何か書いてあると言っていました。
えっと、ドイツ語で、神様のような存在を指す言葉だって。
・・・すみません。何と言っていたかわかりません。
俯くレイ。
仕方のないことだ。
アスカは独特の言い回しを日本語に直すことが得意ではなく、
レイはアスカがボソッと呟いたドイツ語を聴き取ることなどできなかったのだから。
部屋が沈黙する。
不幸にもこの部屋にドイツ語が得意な人間はいなかった。
・・・至高の審判者。
えっ?
なるほど、流石は赤木君だね。
レイちゃん、アスカちゃんはきっとこう言ったはずだ。
“Der höchste Richter”とね。
目を見開いたレイの表情を見ていたゲンドウも、
その様子を見ていた加持も、答えを出した松屋も
別段驚きはしなかった。
それは彼らにとってはむしろ想定内のこと。
松屋は横に立つレイの頭を撫でながら優しく話しかける。
そう、そしてこれらの情報からレイちゃんが推察した内容も、
ほぼ正解と言える。
よく頑張ったね、レイちゃん。
レイの表情がゆがみ、瞳が潤む。
堪え切れなくなったのか、ここへきてやっと感情を発露する。
大声を上げて泣きながら松屋にしがみ付くレイを見て、
部屋の一同はなんとなく安心すると同時に、
これから自分たちに課せられる激務に身を引き締めるのだった。
ゲンドウさん、ドイツに送った部下から情報が入りましたよ。
今回の事案はシンジくんだけが目的ではなく、アスカちゃんを取り戻すことにもあるようです。
そうか。正式な辞令を出さなかったことが裏目に出たな。
はい。
シンジはなぜ連れて行かれたのだ。偶然ではないのだろう?
団地での一件があるんでしょう。
病院で入手したレイちゃんの血液を調べて能力を解析し、被験体に応用する。
A.T.フィールドを自在に展開できる生身の人間を創る。
解析が済んだと思ったらサンプルごと施設を壊滅させられ、
データだけ持ってやっとの思いで逃げ帰ったら本部への強制送還。
じゃあ今度は新しい力を得たシンジ君を・・・
というわけです。
浅はかな。
そうは言っても下っ端というのは必死なんですよ。
自分の居場所を確保するためなら何だってやります。
目的は、サードインパクトのやり直しか。
そうでしょうね。
どのような形で儀式を執り行なおうとしているのかは不明ですが。
引き続き情報を頼む。
仰せのままに。
さあ、みんな待ってるでしょうから、会議の続きに戻りましょう。
レイを病室へ送り返し、大人たちは再び協議に戻る。
松屋さん、レイが推察した内容が“ほぼ”正解というのは?
うん。
みんなももう想像しているはずだけど、彼女は今回の犯行を
ドイツ支部によるものだと考えた。
・・・ゼーレか。
ええ。
アスカちゃんの担当の護衛が行方不明という事実から
容易に想像できるわけですけども、事態はもうちょっとだけ複雑です。
ゼーレとドイツ支部、日本政府と戦自との関係ですね。
黙って頷く松屋。
ゼーレがドイツ支部に対してどういうオーダーを出しているのかはわからん。
ただ、そこに適格者が3人とも関係していることは確定したと言ってもいい。
ああ。
ただ、日本政府や戦自の幕僚に対しては影響力が既にない。
末端に潜む反乱分子が行動を起こしたと見るべきだろう。
じゃあ、研究所から逃亡した2名も・・・。
それについても、先ほど消息を絶っているとの報告を受けた。
恐らく行方不明の護衛を含めた本事案の実行犯だろう。
さて、事実確認と推測はこの辺でいいでしょう。
議題をシンジ君ならびにアスカちゃんの救出作戦に変更します。
まず、現在の状況です。
アスカちゃんの言っていた“航続距離5000km”が正確な情報だとして、
彼らが持っている機材の中で該当するのはC-160D、通称トランザール。
今回使用されたものはこれで間違いないでしょう。
目的地がニーダーザクセンにある彼らの本拠地ならば、
2回、給油に立ち寄ることになります。
また、逃走者は離陸時刻も目的地も我々が知っていると思っていますから、
撹乱目的で余計なルートを取らず、最短時間での到着を目指すはずです。
よって、今から出向いても本拠地あるいは研究施設に乗り込まなければ
ならない可能性は非常に高いものと思われます。
どうしますか?少数精鋭で行きますか?
セオリーでは、そうなる。
加持君、本部内の各部署から人選を進めてくれ。
わかりました。
いや、待ってください。
松屋?
まさか自分が行くなどとは・・・
言い出すわけないじゃないですか。
ご覧の通り、荒事向きじゃないのでね。
セオリーでは少数精鋭ですが、先ほども言ったとおり状況は複雑です。
戦自と北米第1支部にも協力を仰ぎ、持てる戦力の半数を注ぎ込みましょう。
なっ!!
松屋さん!!
いや、適当に言っているわけではありませんよ。
これは戦争なんです。武力を用いた政治なんです。
どうせ向こうはこちらが畳み掛けてくることを予想しています。
ですから今頃は迎撃準備を着々と進めていることでしょう。
そこへ精鋭でもノコノコと現れたら、向こうの舞台で踊ることになります。
戦争に必要なのは機動ですが、それよりもイニシアチブです。
準備をじっくりと整えれば、その動きも向こうに伝わるでしょう。
そうすれば彼らもそれに対応できるだけの準備をしなければならない。
少しでも時間を稼ぐんです。
その上でこちらは向こうの戦力の3倍を確保する。
大部隊で押し寄せると同時に、裏からこっそりと精鋭を送り込んで
シンジ君とアスカちゃんを確保。
しかし・・・
ああ。
第1支部がそう簡単に動いていてくれるかな?
・・・お忘れですか?
アスカちゃんの国籍は、アメリカなんですよ。
いざとなったら大統領に働きかけたっていい。
とりあえず加持君、精鋭部隊の編成を頼む。
ゲンドウさんは戦自に協力を仰いでください。
あ、一応政府にも断りを入れてくださいね。
冬月さんは北米支部への協力要請を。
その上で葛城君と赤木君は彼我戦力の分析と検討をしてほしい。
えっと、松屋さんは?
言ったじゃないか。
僕は荒事向きじゃないんだ。
少し休憩させてもらうよ。
あ、マヤちゃんはレイちゃんに付いていてあげてくれるかな?
はっ、はいっ!
それじゃ、後はよろしく〜。
すっかり松屋に主導権を握られて呆けていた面々だったが、
松屋が言うところの“戦争”とやらで自分たちが松屋に敗北し、
しかしかえって次の戦いへの士気が高まったのか、
互いに頷きあって己に課せられた職務の遂行へと散開した。