裁判記 番外編。。。

さて、私たちの裁判も、申立て以来、2年が経ちました。その間、北田商事の許可取消については、11回の公判期日がありました。2年間で11回ですから、大体、2ヶ月に1回のペースで進んでいるわけです。最初に、北田と一緒に許可取消を申し立てた新明は、自ら焼却炉廃止届出を出してきたので、焼却をやめてほしい、という当初の目的は達成されたので、途中取り下げることとなりました。さらに、2001年6月には、新たに、くぬぎ山最大手の焼却炉設置業者石坂産業(株)にたいする許可の取消を求める訴訟を起こしました。

裁判をやっている間に、いろいろなことがありました。裁判と並行して取り組んでいる調停の方でも、成果が現れてきて、自主的にやめた業者が多く出てきました。所沢周辺に47社64炉あった焼却炉のうち、29社41炉が廃止となりました。

もう、少なくなったからいいのでは?という声も聴かれるようになりました。

けれど、実態をずっと見てきたものとして、そして、現在も見ているものとしては、まだまだ、これから、と思っています。やめたところは、比較的小さなところでしたし、まだまだ、ひどい操業をしているところがあります。特に、すぐ近くに農地があったり、人家があったり、そこで暮らす人たちに大変な被害を与える操業が今尚なされているのを目にするたび、変わっていない、と溜息が出てしまいます。

 石坂産業も北田商事も、そんなところの一つです。裁判で主張立証していく中で感じていることは、埼玉県のあまりにもひどいずさんな許可です。裁判所では、殆ど声を発しない埼玉県の担当者と代理人弁護士ですが、主張を記した書面を読むと、責任逃れの、業者の肩をあくまでも持つ行政の姿勢があらわに出ていて、溜息が出ます。なんのための行政なのか、考えさせられる日々です。

廃棄物の処理はしなければならない。だから、許される? そんなことはないはずです。

そして、問われているのは、私たち自身の価値観や、何をもって違法とするのか、という問題である、と感じています。

埼玉県が与えたずさんな許可が、私たちの地域に焼却炉の異常な密集をもたらしたことは事実です。それは、しかたがなかったことではないのです。そのことを、行政は自覚し、これから、変えていくことを求めていきたいのです。

3権分立、と遙か昔学校で習いました。裁判所をもっともっと利用して、私たちに身近なものとしていくこと、泣き寝入りをすることは悪でさえある、と思ってしまうこの頃です。

それにしても、裁判長の声が聞き取りにくいのが残念だな。