PBMで、何を求める?


なにげに考えたこと#3

PBMは当然ながら大人数で遊ぶゲームであります。
PBMの満足度ってのは遊ぶ人によって異なるわけです。

自分のキャラが目一杯リアクションでただただ出番が多いことに喜びを見いだす人もいれば
シナリオの裏を上手く読んで話を進めていく賢い人もいるし。

ただ、一番身近な満足度として
人との繋がりをつくるゲームでもあるんですね。
交流が基本のゲームだから、一匹狼を気取るよりは
誰かと手紙のやりとりをしたり、プライベに出かけるなりしたほうが
ぐっと遊びやすくなるし、独りよがりなリアクションが減って行動の幅が広がるし。
(年寄り臭い事を言わせてもらえば、今はインターネットがあるから交流がホント楽になったと思うよ。
 昔はバンバン電話かけまくったり手紙出しまくったもんね。)
それに、一つのゲームが終わった後も、付き合いを続けてそのまま次のゲームでも
一緒に遊んだり、そのままサークルを作ったり、PBMから足を洗っても
付き合いを続けていったりすることはあるわけで。
そういう意味から「あのPBMは面白かった」なんていうヒトもいたりするわけで。

例えば、極端な例だけど。
昔、某PBMでPCの人名辞典を作った人がいたけど、
当然ながら半端じゃない数のプレイヤーと交流をしていて。
その人脈がPBM自体が終わっても彼にとって強力な武器となって。
同人界で腕っこきの人物に成長して。
しまいに業界筋に顔が利く大物になっちゃった。

これは極端な例だけど、PBMで知り合いになって実際結婚した人とかも
いるわけだしねー。
(馴れ初めを仲人に説明するのが大変だそうな。)

で?ワタシの楽しみ方はなんやろか?
元々人付き合いが上手くないので、交流しても大抵一作品限りだしねー。
(まぁ、それでもPBMが元で10年以上付き合ってる友人はいたりはするんですが。)
やっぱり、自分の作ったキャラがキャラとして一本立ちできたときが満足感を感じるときですかね。
マスターに不本意な扱い方をされないで
(例えばキャライメージを曲解されたり、他のPCのかませ犬にされたりとか)
悲惨な最期でも、しっかりキャラとして立っていればそれが満足なところかなぁ。

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